世界個人旅行的記録シリア→syria2006

2006年5月、約2週間のヨルダン・シリア旅行
6〜8日目 ダマスカス→パルミラ パルミラ観光2日・遺跡とベドウィンとウルルンと
9〜11日目 パルミラ→アレッポ  アレッポ観光とクラック・デ・シュバリエ
12〜15日目 アレッポ→ダマスカス  ダマスカス観光とボスラ遺跡へ
16日目+1 ダマスカス→Tokyoへ ドーハ経由関空行・即羽田へ帰着
                                        シリア以前はヨルダン旅行記

旅行記

6〜8日 ダマスカス到着→パルミラ観光


ヨルダンからシリアへの国境越えは意外とスムーズです。Duty Free Shopに寄る時間をもっと短縮してくれれば、もっとスムーズだと思います。

ルダンからのバスが到着するのはダマスカスのバスステーションのひとつ、ガラージュバラムケ。ここから安宿が集まるマルジェ広場周辺まではタクシーが楽なのですが、両替しておらずシリアンパウンドを全く持ってなかったので歩くことにしました。
同行の日本人学生H君もタクシ
ーに乗りたそうでしたが、「歩ける」という私の極めていい加減な言葉を聞いて一緒に苦労してくれることに。マルジェ広場までは迷いつつ徒歩2〜30分程度です。重い荷物を持っていなければ散歩気分です。


パルミラ・アラブ城からの夕陽

シリア風エンターテイメントの夕食

マルジェの近くにある安宿を何軒か見てまわりましたが、トイレ・シャワー付の部屋がない。牢獄シングルかドミしかありません。あいにくそういった部屋に泊まる気分じゃないんだよね。アカバから移動移動で疲れ果て、今日はどうしてもトイレシャワー付がいいんだよね!・・ということで、ちょっと予算のUPをして近くのホテルにしました。
明らかに安宿よりは良い部類の宿で、金額は750sp(15ドルくらい)。宿泊客がほとんどシリア人で外国人率がとても低く、フレンドリーさはないけれど、フレンドリーよりトイレとシャワーだよ。

夕食はH君と広場近くのレストランへ。正直メニューの内容が全くわからず、適当に頼んだ所、すっぱい料理ばかり来てしまった。唯一おいしいのはポテトフライだけ・・・。華麗なるシリア料理の始まりです。

ダマスカス→パルミラへ
ダマスカスは観光するにはぜひ数日滞在したいところ!とガイドブックにありましたが、まず前半はダマス以外の地方めぐりをし、最後に戻ってゆっくり滞在する予定です。
まずはシリアでもメインの遺跡、
パルミラを見るために早々に宿をチェックアウト。タクシーでガラージュ(バスステーション)に向かいます。ちょうど運良くパルミラ行きのバスが出るところでした!
乗り込むとバスはほぼ満席。通常我々外国人女性の横にいきなり現地男性が座ることはあまりないのだけど、混んでるしなあ・・。

味は??でしたが、健康には良さそうな。
リア人のおっちゃんがどすんと横に座ってきましたが、乗務員の人が気を利かせて他の席にいた欧米人男性旅行者ととっかえてくれました。

パルミラ到着

バスは
途中で故障のため何にもない道端でストップ。約1時間程度バスの中に閉じ込められましたが、乗務員と運ちゃんが油まみれになって修理し、何とか出発。16時前にパルミラに到着しました。

隣に座った旅行者のおじさんも遺跡に向かうというので、タクシーのシェアをすることに。
するとバスを降りた我々の話を聞いてたタクシーの運ちゃんが、積極的に勧誘を始めました。

勧誘・・あまり好きではありません。でも私の行く予定の宿の名前を言ったら、「オーそこは私の働いてる宿だよ!乗せてくよ!」と。ますますあやしい・・・。

でもまあ1人じゃないので乗ってみることに。タクシーはちゃんと宿まで連れて行ってくれて(うん。名前も合ってる。)お金も取りませんでした。同乗のおじさんと別れ、アル・ナヒールというこの宿にチェックイン。部屋はそこそこきれいで、シャワートイレ、朝食付500sp(10ドルくらい)です。

ところでこのタクシーのおじさん、自分のことを「タカシ」といい、ご多分にもれず日本人からの推薦のコトバ満載のノートを持っています。さっそくそれを見せながら観光営業に入りました。

あのねーこういうノートってむしろ信用できないんだよねー、とナナメに見つつ、ノートを見せてもらいました。お茶を飲みながらじっくり読んでみたのですが、これがまたすごいのです。数十人以上の感想(主に行った後の感想)が書かれてるんですが、何がすごいって、99%ホメコトバなのです!

これは珍しい。パッカーってたいてい素直じゃない人が多いじゃないですか。私とか。
それが揃って「行って正解、タカシは誠実な人です、セクハラなし、金でもめることなし・・・」と認めてるんですから。これは信用しますねー。実際に行ってみた人の感想が一番参考になるわけだし。

パルミラの遺跡についてあまりよく調べてなかったのですが、見所が若干点在しており、墓の谷アラブ城は歩いて行けません。しかも、お墓の中はオープン時間が極めて短く、朝の数時間しか開いていないそうな


あまり仲良しではない同士。
タカシおじさんの観光@アラブ城
タカシおじさんのおすすめのコースは、本日夜の
アラブ城からのサンセット、その後ベドウィン族のテント訪問、明日の朝の墓の谷観光、というもの。これで20ドル。

朝からロクなもの食べていないので、食事に行こうと思ったのですが、フロントのお兄さんが「我々も食べてないから、良かったら一緒にどうぞ」と。宿の朝食ルームでお兄さんと彼のいとこと3人でシリア風ピザを食べました。

タカシおじさんにお願いした観光は18時半からスタートです。日の入りが19時頃なので、それに間に合うようにアラブ城に向かいます。アラブ城はパルミラ遺跡から少し離れた丘の上にちょこん!と建っているお城。上からはパルミラ遺跡が遠くまで見渡せ、反対側にはゆっくりと沈む夕陽が見えます。
お城の入り口近くにはバスやタクシーや車がたくさん止まっていて、観光客もかなり来ています。このお城からのサンセット見学、というのがパルミラ観光の見所のひとつなのでしょう。
ところでアンマンで一緒にご飯を食べたYさんに、ここでも会えました!
すごく旅程が重なりますねー!他はほぼばらばらなのに、ポイントポイントで何回か会うのが不思議です。でもそれだけ中東旅行の観光地は決まっているということでしょうか。

今日は絶好のサンセット日和で、天気も良く、雲が全くありません。アラブ城からパルミラ遺跡を見下ろすと、遺跡の色合いが少しずつ柔らかな橙色に染まります。でも夕陽が見えるのは反対側。遺跡を見ては急いで反対の夕陽を見て、とお城をウロウロします。観光客がたくさんいるけど、それぞれ静かに夕陽を見ているので、じっくりと浸れます。
山の向こうに夕陽が沈み、はあ〜・・と思っているとすぐに係りの兄ちゃんがやってきて、「はい閉めるからさっさと出てってー!」って。

タカシおじさんの観光Aベドウィンテント訪問
サンセットの余韻はゼロで次の観光、「ベドウィンのお宅訪問」へ向いました。
タカシおじさんのタクシーはなぜか途中でアル・ナヒールのフロント兄ちゃんを拾い(私が金を払うのになぜついて来るのか疑問ですが)、真っ暗な道を進みます。

ベドウィンのテント、というと私は集落をイメージしていたのですが、到着したのは1家族のみが暮らすテントでした。集団生活ではないんですね。両親と子供が4〜5人、外にはヤギや鳥がいて周辺を犬が守っています。

観光客が尋ねてくるのは珍しいことではないらしく、皆さんある意味外国人慣れしています。無論、言葉が全く通じないので、タカシおじさんかフロント兄ちゃんの通訳が必要なのですが。
驚くべきは子供たちの人懐っこさ!日本人の子供ではありえないフレンドリーさです。特に6〜7歳の少女はずーっと私の手を握り、通じないまでも何事かを一生懸命話していました。テントの中でお茶をいただき、通訳付で少しおしゃべり。外も真っ暗になってきたので星を見に子供たちと外に出てみました。
懐中電灯で足元を照らしながら、子供たちに手を引かれ、鳥や羊(あれ?ヤギかも?)を見たり記念撮影をしたり。星は確かにきれいですが、山のくぼみにいるらしく、地平線までの星空は見れません。

私は日本人なので日本的視点でしか物事が見れないのですが、金銭的な価値からすると、彼らは貧しく見えました。
テントの中の様子や家族皆さんの外観はホントに。モノがない事に哀れみを覚えるわけではありませんが、事実としてシンプルに「ないなあ・・」と思うのです。

目、びかびか。
しかしその生活感までをも観光の手段にする彼らには、たくましさをも感じてしまいます。

タカシおじさんの観光・・ではないけど、民族舞踊と夕食

皆とお別れし、夕食を食べに行きました。
大きなテントをレストランにし、民族舞踊を見ながらご飯を食べる、という変わったレストラン。
テントといっても大型で、学校の教室2つ分くらいあります。周りをぐるーっとテーブルが囲んでいて、お客は飲み食いしながら歌や踊りを楽しみます。

「シリアの伝統的ダンス」というそれは、男性のみの歌と踊りです。外国人観光客も多いですが、半分くらいはシリア人観光客。真ん中で輪になって踊りが始まると、周りのお客も参加して一緒になって踊ります。手をつないで輪になって、変わったステップを踏む。これは・・シリア版マイムマイム!

ダンサーの人が歌いながら踊るんだけど、これがなかなかハイになっちゃって面白いのです!去年見たバリ島ケチャダンスも、エジプトで見たグルグル回るスーフィーダンスもそうだけど、男性のみの踊りってハイになりやすいの??

夕食がてら私は前菜盛り合わせを食べましたが、ここで少々失敗を。
いやあ、せっかくだから赤ワインを飲んでたのですが、中東名物
アラック(アニスの香りをつけた地酒。水を入れると白く濁る)があるというのでこれを飲み始めちゃったんですよね。。だって隣の席のシリア人グループもボトルを頼んでがんがん飲んでるし、水で薄めると飲み口が柔らかくなるので、ついねえ。

気がついたらレストランはすでにクローズし、私はテントではなくて店舗の方でレストランのオーナー、従業員、よく知らないお客数人といつの間にか酒盛りをしているのでした。。

翌日は8:00から墓の谷を見に行く約束なので、夜更かしは良くない。かろうじて正気を保ったままタクシーでホテルへ。時刻は3時を過ぎておりました。ま、まあ、休暇中だし、昼寝もしてるしね。

手をつないでみんな仲良し。
タカシおじさんの観光B墓の谷
何があっても観光はするので、早めに起床。しかしさすがに昨夜の酒がまだ身体に残っていて、食欲はないし頭もぼーっとしている。気分が悪いわけではないので、アラックは体質には合っているということでしょうか。
お墓ではOPEN−CLOSE時間が決まっているので、この時間に観光客が集中します。お墓といっても建物になっており、中に入れます。
装飾が結構残っており、写真撮影禁止。「ダメ!」って怒鳴られても強引に撮っている観光客がいましたが。
2つのお墓を見学した後、タカシおじさんが「オアシスの水場も見せてあげる」と、地元の人が洗濯や羊の毛洗いをしているところに連れて行ってくれました。地元女性がたくさん水に入り、なにやらバシバシ叩きながら洗濯をしています。
おお!と思って写真を撮ったら、そこにいたおじさんに怒られてしまった。。「私の妻だぞおいこら!」だって。

うわ〜自己嫌悪。許可を取らずに写真を撮ってしまった。
そうだよね。自分の奥さんが普通に家事労働してる姿を写真に撮られて、気分悪くなるのは当然だもんね。声かけると「はいポーズ」みたいな視線になるのがいやだから、つい黙って撮るクセがついてきつつありましたが、おじさんに言われてハッと気付きました。いつの間にかこの辺ルーズになっていたようです。
「どうもとてもごめんなさい」と謝ってその場を後にしました。

ホテルに戻ってタカシおじさんとの観光は終わり。
きっかりの金額を渡してお礼を言い、私もおじさんの自慢のノートに一筆入れることにしました。
こういう形態でお願いすることあまりないんだけど、頼んでよかったです。何と言ってもおじさんの人柄がね。この後、おじさんとの契約が終わってからも、その辺で会うと気軽にタクシーに乗せてくれ、パルミラを出る日もバス停まで送ってくれました。そして追加での料金をもらおうとすることはありませんでした。
またパルミラに来て観光することになったら、ぜひお願いしようと思います。


遺跡の観光・若草物語な家庭訪問
パルミラ遺跡をじっくり見る最後のチャンスなので、残りの時間はのんびり遺跡を見て回りました。

今日は金曜日のためか、涼しい夕方になるにつれ、シリア人ファミリーや学生、友人同士の集団がわらわらわら・・と遺跡に現れます。
今日のサンセットは遺跡からじっくり見よう!と、神殿の大きな石に座りました。
座っている間も、興味しんしんのシリア人に次から次へと挨拶され、らくだ引きにらくだの勧誘を受け、後ろで遊ぶ子供に石を投げられ、全く落ち着いていられません。まあ、ガイジンだから仕方ない。
空には雲が出ており、昨日ほど天気は良くないのですが、おかげできれいな夕焼けが見れました。
少し離れた場所に座った女性グループが、時折お茶やおかしやパンを持ってきてくれます。
サンセットが終わった後、カップを返しに行くと「座って一緒にお茶を飲みましょう!」と誘ってくれました!

スカーフをかぶっており、顔しか見えないけどすごい美人ですよ皆さん!シリア人女性はたいていきちんとお化粧しているし、特にアイメイクがすばらしい!はっきり言って、そんなのやらなくても我々日本人と比べ物にならないくらいオメメぱっちり、輪郭くっきりの美人顔なのですが。失礼にならに程度、チラチラ盗み見したりして。

人姉妹にお母さん、さらに上から2番目の娘の連れている赤ちゃんと幼児の7人連れ。遺跡の門のすぐ近くの家に住んでおり、夕涼みがてらピクニックに来ている、と。

パルミラの神殿跡からのぞむ夕陽。
4なんというゼイタクな時間!!世界遺産が散歩コースかあ。
「良かったらうちに寄ってって!」と誘ってくれるので、おじゃますることにしました。地元の人の一般家庭に入れてもらうの初めて!あれ?もしかして中東で一般家庭のお宅訪問すること自体、初めてかも!!(あ、いやトルコであったなあ。おばあさんに誘われて部屋でお茶をいただき、帰りにスカーフや刺繍グッズの販売が始まったことがあったね。。)

遺跡のゲートから2〜3分のところにある4階建ての自宅。一般的シリア家庭でしょうか。
2Fの玄関に入ると皆さん速攻でスカーフとコートを脱ぎ捨てました。あのズルーっとした衣装、よく暑くないなあと思ってましたが、やはり暑いんですね。お母さんなんぞ、日本の主婦もあまりしないようなラフな姿になってます。ネグリジェ・・?

居間はやはり中東らしく、10畳くらいの壁周りをぐるーっと背の低いソファーが囲んでいます。お父さんとお兄さんにも紹介されました。家族の人数は多いけど、部屋はすっきりとして床(ソファー)に座ってくつろぐ形式なので、広々しています。

おもてなしの定番、
中東風コーヒーをいれてくれました。スパイスの香りがぴりっと効いた、独特の飲み物。チャイと違ってゆっくり少しずつ味わう飲み物です。
皆さん英語は全く話しませんが、三女のホリーヤのみが少ししゃべります。お決まりの質問(年齢・職業・結婚してるか子供はいるかなぜしないなぜいないなどなど。)もされますが、だいたいが世間話です。思ったのは日本に対しては皆さんおおむね
いい印象を持っているらしい、ということ。経済的に成功している(と思われている)ことが一番の要因らしいですが、漠然とした憧れがあるようです。

特に一番よく話したホリーヤは「日本を愛してる(これ英語の使い方の間違いかも)。すごく行きたい。」と。
「私は一人暮らしだから、狭くてよければうちに泊まって」と誘いましたが、即座に「お父さんが許さない」と。女性一人で海外に出ることは、父親は絶対許さないそうな。
屋上の椅子に座って少し話をしましたが、「毎日何してる?」という話をした時彼女は「毎日ここに座って通りを眺めている。いつも見ているの。」と答えました。なんという自由の少なさ!!

しかしこれをかわいそうとか、ああ日本は違って良かった、とか思うのはそもそも間違い。
彼女と私は生まれた環境が全く違うから、生き方や考え方に違いが出るのは当然のことで、良い悪いで判断するものでもないのです。彼女にしてみれば、家族や友人との関係が希薄になっている、今の日本人の方がかわいそうに思えるかもしれないし。事実、家族が健在で近くに住んでるのに「一人暮らし」といったら、とても悲しい顔をされてしまった。。

パルミラのスズキタカシさん。
実際のところ、濃密(に見える)なイスラム風の家族関係を、私もちょっとうらやましいと思うことがあるのです。夜も更けて「夕食も食べていきなさい」と言われたけど、おいとますることにしました。(ガイドブックに「シリア人は社交辞令を重んじるので、何でもかんでも受け入れるとかえってずうずうしい」とあったのを思い出して)。

住所交換して、「今度パルミラに来たらホテルなんてやめてうちに泊まるのよ!」と言ってもらいました。いい家族と知り合えて良かったなあ。

9〜11日目 パルミラ→アレッポへ


パルミラから
アレッポまではバスで移動。
途中ホムスという町で1回バスを乗り換えます。朝方出発したせいか乗り継ぎもスムーズで、バス停に行くとたいていすぐ出発のバスをつかまえる事ができました。

アレッポに到着したはいいが、ちゃんとしたバス停で止らず、よくわからない場所で下ろされてしまった。仕方なくタクシーでガイドブックの宿まで。
ところでシリアでは一般的に英語が通じないので、タクシーに乗ってもとっても苦労します。バスは行き先を連呼すればたいてい間違いなしですが、タクシーはだめ。コトバがわからないのに、「OK,乗れ」って言われるから余計混乱します。わからないなら正直にそう言ってくれ〜他を探すから〜。
2台目のタクシーで無事安宿へ。本日はスプリングフラワーホステル地球の歩き方ではおすすめ的コメントのこの安宿。全然おすすめじゃなかったよ!
春の花の宿のわりには中は薄暗くて中世の牢屋のような。ある意味雰囲気あるんでしょうが。

シングルが牢屋ルーム(狭い暗い窓がない)しか空いておらず、久々にドミに泊まったのだけど、水周りが汚い。シャワーの水がいつも少し出ていてうるさい。男女ミックスだからいつ男が入ってきても仕方ない、というスリルがいやで着替えが気軽にできない等々・・。

まあ安いのがウリなんでしょうが(200sp約450
円)、フロントもいつも忙しそうにしていて質問やチェックイン手続きもできず、ダメダメダメのダメづくし〜でした。
1泊のみは仕方ないけど、明日以降は違うとこ
ろにしよう。

写真で見ると普通な気も。春の花の宿。
まだ夕方なので考古学博物館を見に行きました。
ぐるりと中庭を囲んで3階建ての博物館にはたくさんの展示物が飾ってあります。ちなみにお客は私一人!貸切状態です。外のお店や車や人々の喧騒からはまったくの別世界。出土品に囲まれてしーんとしているととても落ち着きます。

ついでにスーク
にもちょこっと行ってみました。
間口の小さなお店がたくさん並び、迷路のようなスーク
の中はさすがに中東っぽい!そこそこ観光客も来ているはずですが、他の観光化された中東のスーク(トルコやエジプトなど)に比べると、ずっと「異人!」って感じで見られます。通りすがりや店の中からよく「ウェルカム」と言ってもらいました。ようこそ!なんて他ではなかなか言ってもらえません。日本でだって小泉首相だけがヨーコソジャパン!って言ってるくらいで普通言わないし。

帰りにさくらんぼを買って帰りました。スークの野菜売り場で購入。キロ単位で販売していますが、少しだけと言ったら500gくらいで測ってくれます。でもまだ多いけど。アメリカンチェリーではなく、佐藤錦の
ようなちゃんとしたさくらんぼが半キロで数十円。。。これツーリスト価格のはずだから、ホントはいくらなんだろう?

クラック・デ・シュバリエへ
クラ
ック・デ・シュバリエはホムスから1時間ほどの、十字軍の残した保存状態が非常に良いと言われるお城です。

アレッポからはちょっと距離があり、まずはホムスまでバスで2時間。その後ミニバスで1時間程度の道のりです。ホムスのバス停に着いて遺跡行きのバスを探しますが、タクシーの客引きがちょろちょろっと寄ってきました。もともとタクシーのチャーターも選択肢の一つなので料金を聞いてみると1000spだって!遺跡往復(待ち時間も入れて多分4時間くらいの行程)で2000円だって!高い!
全く気が乗らないオーラを出すと、運ちゃんは勝手に値段を下げ始め、600(1200円くらい)まで下がりました。送り迎えと遺跡で2時間の待ち時間・・まあいいかなあ。

正規のタクシーではなく、普通の乗用車だったので副業か何か?ちょこっとだけ英語を話す運ちゃんは、こわい顔の割には全くおしゃべりせず黙々と運転するタイプだったので助かりました。

ホムスから1時間も車を走らせると畑や原っぱやのんびりとした生活風景の連なる村に到着しました。
クラック・デ・シュバリエは村の上の方、急勾配の丘のてっぺんに建っているお城です。十字軍が残したという城壁で守られた石造りのお城は、とても高い場所にあって周囲を見下ろしています。

風が強く見晴らしが良く、ホントに浮いているよう。
ところでここは「天空の城ラピュタ」のモデルにもなったという説があるお城。行ってみてその理由がわかりました。
お城の造りがどうこうというわけではなく、丘の上に建った城のてっぺんに上ると、ホントに宙に浮いているような気分になるのです。360度ぐるーっと緑と村の風景がどこまでも続き、お城だけが浮かんでいるように見えます。風が強くて上空を鳥がたくさん飛んでいて、ぽっかりと空の上にあるようなお城です。この上に立ったときの風景はホントに「天空の城」という感じでした。
お城の上の方にはカフェレストランも併設されており、石造りの雰囲気ある店内で食事ができます。お昼はもちろんここで!前菜+チキングリル+飲み物などで200sp。外の席でも食べれるようですが、日差しが強いのと風があるため私は中で。とても気持ちよく食事のできる場所でした。

気持ちもお腹も満足し、帰りはまたホムスまですっとばしてもらいました。ホムスのバス停に着いて料金支払い時にやはり「もっとくれ」と言われましたが、「ヤダ」と言うとあっさり引き下がる・・。言ってみただけ?
アレッポまではまたバスに乗って2時間。結局往復5時間かかった遺跡観光でしたが、でもそれだけの価値がありました。行ってよかったなあ。

夜は同じくアレッポ観光中のYさんとご飯の約束です。
高級料理の名門レストラン・
スィスィハウスに行ってしまいます。高級料理と言っても、数百円でご飯が食べれるという恐ろしい物価事情。ガイドブックによると建物自体も300年以上の歴史的建造物とのこと。雰囲気満点の上、この旅行中一番おいしい料理を食べさせてくれました。ここはさすがに一人じゃ来れないかも!地下のバーも見せてもらいましたが、洞窟のような雰囲気ある造りで、またアレッポに来たらぜひ行きたいレストランです。

アレッポ市内観光と買物
今日はYさんと一緒にアレッポ観光をする予定です。
朝は
アレッポ城の前で待ち合わせ。8:45にゲートに行ってみると、まだ入り口が空いていないのかシリア人の観光客の皆さんがしゃがんで待っています。では私も・・と石の階段に座って待ちますが、やがて女子学生グループの一人が「一緒に写真撮って」と言い出し、我も我も・・と撮影大会になってしまった。ホントに東洋人がめずらしいんだなあ。

アレッポといえばアレッポ城、と言われるくらいこのお城はメジャーな観光地です。朝一番に入ったため、観光客の数はそこそこでしたが、時間が経つにつれグループ客もたくさん現れ、賑やかになってきます。中は結構広く、モスク跡や博物館、かくし部屋(?)など見所が満載。お城の城壁の上からアレッポの町を見渡すと、結構広くて大きな町だということに気付かされます。

次は異教徒でも入場可能な大モスク(ジャミア・ザカリーエ)を見に行きました。
ねずみ男コートをレンタルし、帽子もスポとかぶります。たくさんの人の中には外国人観光客もいますが、基本的にはお祈りの場所なわけで、皆さん真剣にお祈りしています。こういった真剣な宗教施設ではなかなか写真は撮れません。
さて、後はお買い物です。アレッポに来たら絶対に購入すべきもの、それは
アレッポ石鹸

ントは日本では使ったことがないのです。しかし、シリアで1〜2を争うメジャーなお土産。ぜひ購入せねば。
スークの中にも石鹸を扱うお店はありましたが、やはり一番よさそうなのは時計塔からスークに向かう道沿いにずらーっと並んだ石鹸店街。むき出しの石鹸を積み上げて、等級ごとの値段で販売しています。
いくつか見たお店の中から1軒を選び、「この店で一番いい石鹸ね!」と2キロ購入しました。石鹸のキロ買いは予定通りですが、やっぱ重い!急にずしっと荷物が重くなりました。

中のグリーンがきれいなほど高級とか。
他にもなんか欲しいものがあればな〜とスークを見てまわりましたが、特に欲しくなるものがありませんでした。観光客向けというより、地元民向けの生活用品が主のスーク。わざわざ買って帰ろう、と思うものがないんですよね。

Yさんが布を見ている間、一緒に布専門店も見てみました。ここは完全に観光客向けの高級品を扱うお店のようで、デザインや質が確かにとてもいいです。パシュミナの珍しい色合いのショールがありましたが、言い値からして桁違いなのでやめてしまった。

アレッポを発つYさんとはここでお別れ。またダマスカスで行程が重なるかもしれませんがとりあえず。。

商売熱心なホテル
スプリングフラワーホステルは1泊のみにし、翌日以降は別のホテルを探すことに。

スプリングフラワーのはす向かいにある
ツーリストホテルはとってもよさげでした。宿の雰囲気もちょっとヨーロッパ的で、きちんと掃除してあります。残念ながらWC付が空いてないので諦めましたが。
その他近辺の宿2軒あたってみたけど、どうしてもWC付で程よい宿が見当たらず、疲れてもきたので思い切って奮発。アラビアのロレンスやヨーロッパの王族も泊まったと言う
バロンホテルにチェックインしました。

確かにクラシックで風格あるホテルです。45USDという宿泊料金は、ゆうべのドミトリーの10倍以上。ま、こういったUP&DOWNの激しい宿泊も、気分転換になっていいものです。

ところでこのバロンホテル、料金はドル払いなのですが、このクラスのホテルなら当然クレジットカードが使えると思っていたんですよね。私は今回日本円しか持って来てないのですが、わざわざ海外で日本円→米ドルに両替なんてバカバカしいし、チェックイン時には、「カードOK・日本円払いもOK」と言っていたので。
でも途中でよく聞いたら「クレジットカードでキャッシングOK」「日本円→米ドルに両替してあげるからノープロブレム」って意味なんだって!全然意味が違ってくるんですけど!

しかもレートがめちゃくちゃ悪い。試しに90ドルを日本円で払うといくら?と聞いたら、12000円だって!そんな悪いレート初めて聞いた!いくらドルの方が価値があるからってさあ、Japanese YENをばかにしてもらっちゃあ困るよ。
とにかくUSドルしか受け取らないのは確かなようなので(アメリカ嫌いのくせに、こういう時は米ドルを優遇するんだよね中東も)、ホテル以外の両替所で円→ドルに両替しよう・・。

しかしあいにくどこの両替所でも円→シリアパウンドならともかく、円→ドルはヤダって。

ホテル自体は旅行中一番快適でした
どこでもダメダメ言われ、仕方なく助けを求めてツーリストインフォメーションへ。このインフォメーションは滞在中2〜3回利用したけど、いつも親切で丁寧で、とっても助けになってくれました。
今度も助けてくれないかな〜と聞きに言ったらすぐ横の両替所を紹介してくれ、円→ドル両替も即座にやってくれました。90ドル=10700円はけして良いレートではありませんが、バロンホテルよりはずうっといい。

とにかくこのホテルは雰囲気も部屋の設備も申し分ないのですが、いかんせん商売熱心すぎる!
この後チェックアウトの支払い時まで、「両替してやるって!いくらならいいんだ?」とか、近郊ツアー(高い)の勧誘を熱心にしてきたり、水を買ったら外の2倍、リコンファーム頼もうとしたら「電話して手間がかかるから10ドルかかる」だと。電話代が10ドルもするか!!
でもまあ、それ以外は快適なんですけれどね。従業員のおじいさん達も(商売の話をしていない時は)紳士的でそこそこ感じよいし。断れば問題ないのでしょう。きっと。

12〜15日目 アレッポ→ダマスカスへ


アレッポから
ダマスカスまでは一気にバスで移動。
ちょっと高めの良いバスで、主要都市以外ほぼノンストップで飛ばしたせいか、4時間程でダマスカスに着きました。
バス停からマルジェ広場付近の中心地まではタクシーで移動。

前回泊まった中級ホテルに行き、今度は4泊するから負けて?というも、おじさんなかなか下げず。でもホントにお金が少なくなってきちゃったので、「ここ泊まりたいけどちょっと高い・・」とぐだぐだ言っていたら750→650(1400円くらい)まで下がりました。おじさんちょっと呆れ顔でしたが。
値切ったためか、私の部屋は最上階のぽつんと離れた部屋になってしまった。でも室内の設備と広さは同じです。夜になると廊下が真っ暗で、シャワールームの作りが甘い(へたくそな大工が作ったかんじ)ことを別にすれば、そこそこ快適に過ごせます。

ダマスカス旧市街&スークの観光&お土産について
数千年の歴史がある旧市街の中の、ダマスカスのスークを見に行きました。外は日差しが強く、めちゃくちゃ暑いですが、スークの中に入ると大きな屋根に覆われているので日差しは遮られます。
イスタンブールやマラケシュのスークをイメージすると、ちょびっとがっかりするかも。観光客向けのお土産品の店よりも、地元民向けの実用的な商品が多く、欲しいと思うものは少なかったです。

あちこち歩きまわるのは、商品を買うよりもこの雑然とした雰囲気を楽しみたいから。
ちょっと路地裏に入るとのんびり座って商売をする人々とたくさん野良猫がいたりして、中心地のわりにはずいぶんのどかな風景です。

モスク裏手には比較的入りやすいカフェが数軒。
ころでシリアでのお土産はこの時点でまだアレッポ石鹸だけ。
シリア最大のスークと言われるダマスカスのスークにかなり期待していましたが、さほど欲しいものがあるわけではありません。その中でも何とかお土産を数点購入しました。

●グラス類・・・中東によくある手書きで模様の書かれたちょっと変わったデザインのワイングラスやチャイグラス。ぐいのみのようなものもありました。ウマイヤドモスクの裏手のお土産街で購入。スークハミディーエよりもセンスの良いこじんまりとしたお店がこの近辺にいくつかありました。
 
●絵・・・20×60cmくらいの、縦長の絵を1枚購入しました。月夜のフラミンゴと中東風建物が幻想的な絵。ハンディクラフトセンターの中のお店にて。

●絵本・・・どこの国でも必ず絵本を購入することにしてますが、シリアは本屋が見当たらず、ホント苦労した!ダマスカスでさえ、きちんとした本屋が見当たらず、仕方なくスークの中の子供向おもちゃ屋さんで購入。種類もめちゃくちゃ少ない。この点はヨルダンの方が充実していました。

ボスラ日帰り観光
ダマスカスからバスで2時間ほど、南部の町ボスラに遺跡を見に行きました。
ダマスカスを9時半頃出てバス停に向いましたが、ちょうど出るバスに乗れ、帰りもスムーズ。往復4時間かかりますが、日のあるうちに帰ってこれます。ボスラの遺跡の見所は何と言っても2000年近い歴史を持つというローマ劇場。中東最大の大きさだそうな。

ただの廃墟に見えないこともない。一応世界遺産。
遺跡の規模は比較的大きく、劇場の裏手には廃墟のような遺跡が広がります。ローマ劇場のみは保存状態も良く、観光客も多いのですが、他の部分はちらほら見かけるくらい。
村と遺跡が一体化しているのか、崩れた瓦礫や列柱のすぐ横に民家があり、人々も遺跡の中を普通に歩いています。私も地図を見ながら観光してましたが、どこからどこまでが神殿やモスク跡で、どれが瓦礫か良くわかりませんでした・・。
地元と一体化した遺跡を見るのもなかなか良いものです。
遺跡の入り口付近にはいくつかレストランがあり、バスチケットの販売(ダマスカス行は2時間おき)、お茶や食事の勧誘をしています。その他、馬車も数台待機していてこれまた勧誘してきます。しかしこの近辺を過ぎて、ローマ劇場の裏手の遺跡に入ると人気が少なく、廃墟で1人になれるでしょう。

カシオン山の夜景
カシオン山とは、聖書におけるこの世で最初の殺人のあった場所・・とのこと。カインとアベルのことですね。
歴史的な場所というより、夜景がきれいな場所として知られており、私もぜひ行ってみたかったのですが、ダマスカス滞在中にチャンスが訪れず。
最終日に“こうなったら1人でも意地でも行こう!”と思っていたところ、偶然知り合ったシリア人3人、スウェーデン人1人の計5人で行く事になりました。よかった〜。

ダマスカスの夜景はとにかくすごーくきれいです!
宿泊しているホテルの窓から、毎晩夜景が少し見えていたのですが、その光の様子がすごくきれいで、日に日に行きたい感が募ってきていました。
実際に山の上に行ってみると、見下ろす夜景は思ったとおりとてもきれい。ダマスカス市内全体がきらきら光っていて、高いビルがあまりないせいか、光のじゅうたんのようにも見えます。

同行の4人はそれぞれシリア人学生とその友人が2人、そしてスークを歩いていて知り合ったというスウェーデン人旅行者が1人。
カシオン山に行きたい!どうしても今夜行きたい!たとえ1人でも歩いてでも何が何でも行く!!・・と強引に言い張る私に付き合ってくれた、とても気の良い人たちです。

あーもう写真じゃ半分も伝わらない!もっときれい。
明日は朝5時から仕事がある、と中の1人は言ってましたが、結局1時過ぎまで付き合ってくれました。全くなんという身勝手な旅行者でしょうか私は。。

実際に山に行ってみるとたぶん1人でもOKだっただろうことがわかります。夜景を見るだけならばおそらく1人でも問題ないでしょう。“カシオン山からの夜景”はダマスカスっ子にとってもメジャーな見所らしく、山の上にはたくさんの車・タクシー・夜景を見下ろすレストラン、そして道に沿って夜景を見下ろす人の波・波・波・・。

シリアの人々はファミリーか友人単位で行動するのか、夜中を過ぎても全く危険な雰囲気はありません。酒を飲まないことも大きいでしょう。酔っ払いがいないので、風紀も乱れず(?)、歌ったり踊ったり騒ぎまくっているグループは全くのシラフでハイになっちゃってるらしいのです。

明日は帰国・・という最後の晩にとても楽しい時間が過ごせました。
旅行に出るとその国での最終日にはたいていこの手の楽しいイベントが待っています。私はこれを“最終日マジック”と呼び、ひそかに楽しみにもしているのです。


16日+1日 ダマスカス→ドーハ経由・日本へ


ダマスカスの空港へは、ガラージュ・バラムケ(バス停のひとつ)からバスが出ています。ただし、他の地方へ向うバスとは違う場所から出るため、ちょっとわかりにくい。

ダマスカスの空港はこじんまりとしていますが、お土産屋やカフェなど、空港としての機能はしっかり備わっています。
ただ、出国審査をした後の両替場所が見当たらず、シリアンパウンドを少し持ち帰ることになってしまった。しっかり両替をしたい場合は、出国前に手続きすべきでしたでしょう。

異国で1人で働く人は意外と多いようです。
ドーハ行の飛行機の待合で、フィリピン人女子達と一緒になりました。
往路のドーハ空港でもかなりの数のフィリピン人女性がおりましたが、中東で働く東南アジア人がとても多いようです。帰りの飛行機で一緒になったこの3人組も、同じアジア人という親近感からか、とてもフレンドリー。ダマスカスの待合からドーハでの待ち時間も彼女達と一緒に、たいくつ知らずに過ごしました。
やはり経由便(しかも日本国内でも関空〜羽田の移動)というのはなかなか疲れます。しかし帰りの関空〜羽田便は待ち時間1時間程度、夕方には羽田に着けたので、フライトスケジュールとしては良いチケットでした。

中東旅行を終えて

思ったよりも治安の良いことに驚きました。
これまで旅したイスラム圏は北アフリカとトルコでしたが、そのどちらと比べても格段に治安が良かった。
夜1人で街を歩いても全く不安を感じることがありませんでした。じろじろ見られるのは仕方ないですが、見てるだけなので特に危険がありません。

お金にたいするがめつさ(?)もかなり限定された特定の場所以外、あまり感じません。ただし、交渉において外国人価格を取る事は普通のことのようで、これはアラブ圏らしいといえばらしい。

この2つがあったため、旅行がとてもしやすかったです。個人旅行としてはオススメの国。
ネット事情もそこそこ良く、たいて日本語読み書きOKでした(アレッポでは見当たりませんでしたが)。バス網が発達しているので、観光の足はバスで事足ります。ホテルも安宿〜高級ホテルまであります。ただ、トルコなどに比べるとその選択肢は少ないです。これは観光客の数が圧倒的に違うので仕方ないと思います。

シリアのパルミラはずっと以前から見てみたかった遺跡なので、今回ゆっくり見物できたのがとても良かったです。時間の関係上、行くのを諦めた場所も何箇所かありましたので、また行く機会があればぜひ行ってみたいと思います。



















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